テレビで右太衛門御大の旗本退屈男!
今月から、東映チャンネルにてテレビ版『旗本退屈男』(1973-74)が放送されている。北大路欣也のじゃなくって、市川右太衛門ヴァージョンである。高橋英樹・主演『編笠十兵衛』が終わって次は『十手無用 九丁堀事件帳』でもやってくれんかなァと思っていたら、まさかの早乙女主水之介。いずれにせよ観たかった作品なので、東映チャンネル様様には感謝しきりである。
御年66歳の右太衛門御大がテレビで退屈男を……って、当時の視聴者はどう受け止めたんであろうか。アウトロー時代劇全盛とも言える時期に、随分とアナクロな企画だったのではないか。当時どんな作品があったのかは、我がホームページに
↑という放送リストのページがあるので参照されたい。
しかも驚くまいことか、東映制作ではあるものの京都でなく東京撮り。スタッフも『特別機動捜査隊』で見るような面々で固められている。監督こそ佐々木康ら馴染みある布陣で、殺陣師も足立伶二郎が呼ばれているが、右太衛門御大、ホームグラウンドの京都撮影所と違ってやりにくかったのではあるまいか。
高橋英樹が主水之介を演じた70年版は東宝作品、80年代に平幹二朗がやった時代劇スペシャル版も制作は映像京都だったので、東映京都に旗本退屈男が帰ってくるのは1988年より単発シリーズ化された北大路欣也版からということになる。
白粉お化けみたいなメイクをした右太衛門御大が、相変わらずの調子で「天下御免の向こう傷……」と大仰な台詞廻しを披露するこの73年版退屈男、往年の映画を楽しんでいたファンたちからしても時代錯誤に写ったのではないか……ってな気がするが、何と言おうか、これはもはや「芸」なのだろう。演技とかいう言葉ではくくれない領域のもので、御大にしか表現し得ない十八番なんだなァと再認識させられる。周りは通常のドラマ演技をしているから、御大が浮きまくりなのは致し方ない。唯一「芸」に近い味わいを出す品川隆二が付いていけている程度だろうか。
このスケールから比較すると、やはり「演技」で主水之介を作っているジュニア北大路版などは、霞んで見えてしまうのである。
小ぢんまりしたテレビ画面で流すには異質としか言いようのない右太衛門退屈男。こんなテレビ作品もあったのだなァと思い知らされる貴重な視聴体験である。
この番組を観るにあたって是非とも注目してもらいたい部分は、牧野由多可担当によるテーマ曲。
筝(そう)を使っているのだろうか、楽器に詳しくないアチシは曖昧なことしか言えないのだが、ビブラートの効かせっぷりが実に小気味よく、陶酔してしまう絶品メロディー。『お耳役秘帳』や『日本名作怪談劇場』でも冴え渡っていた和楽器名手の刻む旋律を楽しむべし!
無宿人御子神の丈吉 川風に過去は流れた
あれーッ、岐阜・柳ケ瀬のロイヤル劇場(http://www.tochiko.co.jp/royal.html)で原田芳雄・主演『無宿人御子神の丈吉 川風に過去は流れた』(1972)なんてェのやってるじゃない!
ってんでイソイソと鑑賞に駆けつけたアチシでありました。
さすがにお蔵入り映画である中村敦夫・主演『夕映えに明日は消えた』(1973)みたいなレアものは難しいであろうが、充分お宝といえる作品(海外版しかDVDが出ていない……)を大画面で観られるとあってマニアは居ても立ってもいられなくなるのであった。
入場料500円の入れ替えなし。ええ観ましたとも、二回半みっちりと。一回目の終盤と二回目の中盤をウトウト夢見心地で、あとから観直しつつじっくりという贅沢極まる鑑賞法。ロイヤル劇場様様に感謝するしかないというもの。それでノート片手にクレジットタイトル凝視・データ採取も怠らないというこれでもかのマニア根性。どうだ日本映画データベースでも確保できていない完全データがここにあるぞう。
大手データベースサイトへの対抗意識丸出しになっている吉外@サイト主の性根はともかく、映画はどうだったのかというと……。
いやはや、実にその、何と申しましょう、ヘンなものを観たと言おうか。
冒頭(アヴァンタイトル)は前作『牙は引き裂いた』のダイジェストか、足を洗って堅気暮らしに落ち着いていた御子神の丈吉(原田芳雄)が指を潰され妻子を殺され、再び無宿人として復讐の旅に生きるまでの経緯が足早に鈴木瑞穂のナレーションで語られる。
このシークエンスだけでも悪玉の親分・南原宏治やその代貸・伊達三郎、そして汚された末の血塗れたおっぱいポロリした死体の北林早苗などお腹いっぱいの感があるのだが、威勢のいい渡辺岳夫サウンドに乗った丈吉の物語は容赦なく突き進んでいく。
同じくダイジェスト部分にも登場し何の説明もないもののオイシイ役どころであることだけは判るアイパッチの渡世人・疾風の伊三郎はテレビ『木枯し紋次郎』でブレイク中の中村敦夫。俳優座脱退のお仲間である「番衆プロ」勢揃いの感もある配役がまた本作の見どころか。負傷した仲間を連れて歩くところ、丈吉にぶつかって因縁つけるも返り討ちで半殺しの目に遭うチンピラは紋次郎スタンドインも務めた阿藤海。
続いて舟上で女(片乳ポロリの相川圭子)に絡むはこれまた紋次郎スタンドイン経験者・大林丈史&大映残党・木村元。あっという間に海ポチャの大林丈史はさておき、綺麗な海を血糊で染めながら出色のみっともない死に様を見せる木村元から仇敵のひとり・開雲の長五郎(井上昭文)の居所を聞き出す丈吉。関八州の親分衆が集う潮来・初代榎松五郎三回忌の花会へ殴り込んで嬲り殺し寸前のところを“雷の貸元”こと韮崎重三郎(内田朝雄)の一声で命だけは助かる仕儀に。
これがため渡世人の世界で身の置きどころがなくなった丈吉は、流れ流れた末、くだんの花会にも居合わせた矢代の梅蔵(内藤武敏)の計らいで、雷親分の家出娘・お雪(中野良子)護衛という役目を任されて一路韮崎へ……。
大親分の娘ということで周囲からやたらと畏怖されることに反発しているジャジャ馬娘(ハマりすぎるほどハマり役だぞ、中野良子。しかも海辺でお握りパクつき指に米粒くっつけてるあどけなさも絶妙)に振り回されるロードムービー……かと思いきや、そうはいかない原田芳雄主演映画。振り回しているのはむしろ丈吉のほうで、もうひとりの仇敵・国定忠治(峰岸隆之介)がお縄になったとか唐丸破りしたとかいうニュースに過敏な反応を示す復讐鬼・丈吉は手前勝手にお雪さんを引きずり回し、挙句に慰まれたうえ命を落とすという悲惨な結末を与えてくれる。
このときの敵役は前作からの因縁らしく丈吉をつけ狙う巳之吉(菅貫太郎・やっぱり中村敦夫ファミリーのひとりである)。お雪さんの死は巳之吉の投げドスを丈吉が払いのけたのがぶっすりというトバッチリもいいとこな可哀想なもので、もはやこのあたりになってくると物語の必然性がどうとかいう脚本の根本すらどうでもよくなってくるフィーリング映画と言えよう。
やはり特に必然性もなくきっちり落とし前つけるような殊勝面した丈吉が雷親分のもとへ遺髪を届けに来ると(このときの韮崎一家代貸は入川保則っぽいけどクレジットに名前がないなァ)、これまた必然性もなく寛大さを見せて雷親分は仇敵ふたりの居所を示唆。内田朝雄のこんなオイシイ役はもしかしたら松方弘樹・主演『刑務所破り』(69年大映)以来なんじゃないか……ってのも本作の(無理矢理に探し出す)見どころかもしれない。
お雪さんが無事であろうとなかろうと、目的はその仇敵情報だったのであろう丈吉、教えられたとおり松戸の宿へ訪れ、実に友情出演という以外に何の必然性もないのに味がある芝居する飯盛女の市原悦子と邂逅。土地の親分・助三郎(安部徹)と対立勢力・流山の吾助(加藤嘉)の抗争に助っ人することになり……ああもう物語の筋なんてあってなきが如しだ。とにかく敵のひとりである長五郎を叩っ斬ってオシマイなのである。
1972年の東京映画製作・東宝配給。原作は笹沢左保。『子連れ狼』『影狩り』など劇画映像化全盛の頃とあって(劇画原作でないにも関わらず)過剰な残虐アクション満載の本作、まともな筋やら人間ドラマなどを見出そうとするのが無理というもので、全編これ復讐しか頭にない丈吉・原田芳雄のキャラクタァに引きずられっぱなしのトリップ感を味わうのが正しい楽しみ方かもしれない。その意味では梶芽衣子・主演『修羅雪姫』に近いものがあるか。
名悪役・安部徹が適度に悪そうな親分役をやっているにも関わらず、この助三郎親分は叩っ斬られることもなく、井上昭文の死に様を見て呆然、スゴスゴと子分を引き連れて立ち去っていく。これを見ても明らかなように、復讐に燃える御子神の丈吉の凄味に触れて第三者はただポカーンとするしかないのだ。それ以上、深く考えても詮ないことなのだ。
スター映画が成立しなくなっていった時期と重なる1972年時点。かくまで「原田芳雄」個人のパーソナリティで押し通してしまおうという映画があったのか、と感慨を新たにさせる作品。『無宿人御子神の丈吉』シリーズを無理に評価しようとすると、落ち着くのはそんなところなのだろうか。
*一作目で如来堂の九兵衛(南原宏治)、二作目で開雲の長五郎(井上昭文)、そして三作目で国定忠治(峰岸隆之介)と仇敵を討ち果たしていくシリーズかと思ったら、そうでもないみたいネ……ネット上のレビューを見て知ったのだが、ますます呆然……。何とワケの判らん映画なんだ!
三船プロがテレビ時代劇に与えた影響
ホームページ更新、どどんと単発ドラマを増量中。いずれも三船プロ作品。
ちょっと三船プロ関連のデータを強化していかねばナ。ずっと思っていることなのだが、思っているだけじゃ仕様がない。
日本において映画産業が翳りを見せてきた60年代、東宝スターである三船敏郎自らが、思い通りの映画作りをするべく立ち上げたのが三船プロダクションだ。
大作時代劇を続々と放ち、当初は目的に違わぬ気焔を吐いたものの、やはり時代の趨勢なのか興行成績は伸び悩み、1970年『待ち伏せ』大コケが決定打となって映画製作からテレビドラマに軸足を移していった。“本編主義”の映画人たちからすれば、それは「身を堕とした」ような格好だったかもしれないが、それでも自前の会社で、スタッフを抱えオープンセットも構え作品づくりに取り組めた三船プロの仕事は、顧みて評価すべきだろう。
とりわけ気になっているのが、もしかするとテレビ時代劇というジャンルに於いて、その形式と言おうか、ひとつのスタイルが構築されていった過程に、もしかすると三船プロは大きな役割を担っていたのではないか、という点だ。
悪く言えばマンネリズム、良く言えば様式美なのか? 決まりきった型があって、定番のお約束ごとに視聴者は「待ってました」とばかり喝采する。
同じ曜日の同じ時間に巡ってくるテレビ番組の性質上、当然の流れとして形成されていくスタイルなのであろうが、回数を重ねるうち「お約束」が固まっていった『水戸黄門』などに対し、三船プロ作品ではあらかじめ戦略的に「お約束」を決めて組み込んでいた気がしてならない。
最たるものは『大江戸捜査網』の出陣シーンで流れる“隠密同心心得之條”やラス立ち時の名乗りだろう。このスタイルは、制作母体が日活から三船プロに移ってから出来上がった。
そして同系統の三船プロ時代劇、例えば『隠し目付参上』、例えば『江戸の牙』……番組開始から決め台詞は定められており、毎回必ず盛り込まれている。
やっぱりこれは、三船プロ作品の大きな特徴と言えるだろう。
時代劇王国・東映の『桃太郎侍』にしたって『暴れん坊将軍』にしたって、数え歌やら「余の顔を見忘れたか」やら定形スタイルが出来上がるまでには幾ばくかの時間を要したものである。
やがて『長七郎江戸日記』など最初からカッチリ決め台詞が定まったものも他社に増えていき、いつしか「そうでなくてはならない」かの如くテレビ時代劇全体が染まっていってしまうのだが、三船プロ制作作品はこの経過の中で先駆者として大きな影響を与えてきたと言えなくはないか。
偉そうなことをぬかすにはもっと体系的にジャンル全体を俯瞰しなくてはならないのだろうが、ひとまず現時点で提起できるのはここまで。
言うなれば“三船プロの功罪”だろうか。
三船プロ贔屓だからとて賞賛ばかり並べるつもりは毛頭ないのである。
金太郎飴みたくどこを切っても同じようなツマラナイ世界にテレビ時代劇を染め上げていった牽引者の役をも、もしかすると三船プロは担っていたかもしれないのだ。
おくやみ──木下忠司・井上堯之
新聞の訃報記事から。
作曲家の木下忠司氏、死去。
なんと!
いわずと知れた木下恵介監督の実弟、数々の映画やテレビの音楽を作った巨匠だ。
4月30日、老衰で。102歳とのことである。
失礼ながら、もう既に鬼籍に入られていたかと思っていた人物だったため、二段階の驚きだった。即ち「エッ、まだ存命だったの」「ああっ、亡くなったのか」というステップを踏んだびっくり。
案の定、見出しは〈「水戸黄門」主題歌〉で、記事先頭に挙げられるのは『喜びも悲しみも幾歳月』と『水戸黄門』……やっぱりそのあたりが代表作なんであろうか。
兄・木下恵介監督作品はもとより、その他映画やテレビドラマ劇伴にだって名作は多い。
テレビ時代劇に限ってざっと担当作品を挙げてみると……
『水戸黄門』
『破れ傘刀舟悪人狩り』
『破れ新九郎』
『桃太郎侍』
『鬼平犯科帳』(萬屋錦之介版)
『柳生新陰流』
『長谷川伸シリーズ』
『一心太助』(杉良太郎版)
単発作品に『それからの武蔵』『宿命剣 鬼走り』や「東芝日曜劇場」中の時代劇作品など多数。
などであろうか。
『水戸黄門』に関しては、メインテーマや主たる劇伴はずっと使われてきたが、後年になって別作曲家の作と思われる劇伴が付け足されていったような気がする。長年にわたってオープニングを飾りつづけたあのマーチ調「あゝ人生に涙あり」のイントロは氏の作品中最も多くの人の耳に残っているのではないか。
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しかし個人的に最高傑作として推したいのは、その「あゝ人生に涙あり」イントロの裏返しともいうべき旋律が刻まれている『破れ傘刀舟悪人狩り』メインテーマ。とりわけ三船プロダクション作品お馴染み夕陽が大写しとなったバックに達筆・田村繁清の書き文字クレジット、そしてこの木下サウンドが重なるエンディングは、刀舟先生の物語を締めくくるには完璧としか言いようのないひとつの形を成していた。
そう、夕陽といえば『特捜最前線』もまた氏の仕事であった。フォントこそ味気ない活字明朝体のクレジットではあるものの、毎度やるせない苦味の濃い物語を締めくくる「私だけの十字架」のメロディー。これもまた名作だ。
よく間違えてる人が多いのだがクロード・チアリじゃない。ファウスト・チリアーノが歌って木下忠司が作曲しているのである! チアリの曲が使われてんのは『京都殺人案内』だァ!!
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刑事ドラマ繋がりの訃報が並んでしまうのは悲しいが、5月2日、井上堯之氏も死去! 敗血症。77歳とのこと。『特捜最前線』『太陽にほえろ!』という二大刑事ドラマの音楽に関係する二人の逝去を伝えるニュースが並ぼうとは……。
ひたすら、冥福を祈るよりない。
合掌。
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5月・6月 時専の予定から
時代劇専門チャンネルの今月、来月予定から目玉をピックアップ……。何も宣伝役を買って出なくてもいいのだが。ゼニ貰える訳でもないのに。ゼニ貰える訳でもないのに!(←ここ過剰に強調しまっせ)
何年も契約続けていると、延々同じのばっかりリピートしているなァという印象を強く抱いてしまうものだが、ごくわずかに目新しいものが紛れ込んでいるので中々切れないのである。
まずは今月の作品。
既に放送された『名奉行遠山の金さん(3)』#18スペシャル「美女の陰謀! 関八州あばれ旅」は既に鑑賞、データ採取。ホームページにいち早く反映済み。
テレ朝(元・NET)&東映の金さんシリーズ完全放送という看板に偽りなし、松方金さんのスペシャルも続々とやってくれているので有難い。
この後のスペシャル版は、本放送時には第4シリーズを挟む格好で単発扱いだった「江戸城転覆! 女忍者の復讐」「江戸城転覆! 覗かれた赤毛の女」の二本。通常の再放送では第4シリーズに入るや何の説明もなくお竜(斉藤慶子)&轟沢庵(石立鉄男)が密偵として幅を効かせていて戸惑うのだが、その登場編となるのが前者なのですナ。後者は来月のお楽しみ。
“没後200年 伊能忠敬”と銘打って単発ドラマと映画作品を特集放映。橋爪功のテレビ『四千万歩の男』は何度もやっているが加藤剛の映画『子午線の夢』はレアである。丹波哲郎ワークスのひとつとしても観ておかねばならない。
四千万歩に限らず単発モノは、フジの時代劇スペシャルにしてもヘヴィーローテーションが多い時専。そんな中で「これは!」という珍しいラインナップは……
東芝日曜劇場より『惜春』(1966)『みずぐるま』(1967)『男を金にする女』(1990)
むむ、大原麗子の『男を~』って我がサイトの1990年放送の時代劇でノーマークではないか。
一時間モノの単発ドラマ、大路恵美・主演『夜鷹百両』(1994)
げげっ、これも1994年放送の時代劇まとめの際に見落としておる! これは時専ホームページを見ると山本みどりの色っぽい姿が見られそうで垂涎の一品。
映画『のみとり侍』公開記念特集の一環では、森繁久彌が田沼意次を演じた『栄花物語』(1983)……キャストを一見してナショ劇系統・逸見稔ファミリーの作品と知れる。
そしてこれは1991年放送の時代劇ページを作っているときに知った『吉原悲恋 忍びの女』(1991)。こりゃなかなかお目にかかれないマイナーどころが来たもんだ。
なかなかお目にかかれなかった待望の一本が、来月(6月)に放送される松方弘樹版『素浪人花山大吉』(1995)! 田原俊彦・主演『必殺始末人』シリーズに絡め、トシちゃんが焼津の半次で出演している『大吉』もおまけで付けてくれたような形だが、どういたしましてこっちのほうがメインディッシュでござんす。
高橋英樹・主演『金山大爆破』(1992)もやりそうでなかなかやらなかった一本。何故かアチシの中では1983年のフジ時代劇スペシャル『西海道談綺』とごっちゃになっているのだが、これでやっと録画保存できるからモヤモヤがすっきりしそうである。
CS局の恩恵で、加入するまでは全然といっていいほど観ることの叶わなかった90年代単発時代劇の数々が、手元にジャンジャン入ってくるようになった。アチシの立場としちゃこれをせっせとデータ採録、ホームページに載せていかにゃーならんのであるが、現状さっぱり出来ておらんのですネこれが。
先日、ホームページの資料庫にある作品データの数をちょこっと計数してみた。
5/2段階で317本(現代劇除く)。
えっ、これだけしかなかったの、と自分でびっくり。
そげなもん数えてる暇があったら載せるほうに力入れんしゃい。と言ってるもう一人のアチシがいる。
手元に溜めている筆記データはおそらくその数倍あるのだ。そして採録できていない映像の山は何十倍、いや下手すると百倍以上……。
生きているうちに目を通しきれないってことは間違いないけれど、やり始めちまったからには本当にチマチマとでしかなくともやり続けていかねば。誰に求められるでもなく進みゆく途方もない道のり。
でもこんなのって、誰かに求められたらやる気になれないんじゃないか、とも思う。
そのお蔵入り、シミケンにつき
やれやれ、謎が解けてすっきりしたわい。
というのは松方弘樹・主演『名奉行遠山の金さん』第2シリーズ#10「誤審?殺人犯の妹」に関して。
この回、地上波再放送の際ではいつも飛ばされ、これまで視聴が叶わなかった。このたび時代劇専門チャンネルにてようやく初見。
→ チャンバラ狂時代・テレビ時代劇資料庫『名奉行遠山の金さん(2) 』
サブタイトルリストの穴が埋まったぞう。
何のことはない清水健太郎が出演していたのだ。そりゃー地上波はパスするでしょうて。
逆にとらえれば時専はシミケンも構わず放送するてェ訳で、この先、第5シリーズ#31(最終回)「帰って来た暴れん坊」も気兼ねなく観ることができる。
それに引きかえホームドラマチャンネルの弱腰よ!
現在、里見浩太朗・主演『八百八町夢日記』第1シリーズが放送されているが、こちらはシミケン出演回「幻の旅路」を華麗にスルーしている。話数には含めていながら放送ナシ。BS日テレと同じ手法ですナ。
BS局なら所謂“自主規制”(大嫌いな言葉だ)で放送する・しないの選択があってもまァ我慢できるが、直に視聴者からゼニ取ってるCS局でこーいうマネされるってェと怒れてくるってモンである。
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時代劇ライフ2018年2月
今月はちっともホームページ(チャンバラ狂時代)が更新でけんかったのう……。
更新したかと思ったら唐突に2時間ドラマのデータだったりして、また新ページ乱立して放置のパターンが続くんではないかなどと我ながら不安になってくる。
しかしながら、狭い世界である映画・テレビ制作業界、スタッフ陣の仕事を辿っていると、時代劇関係の人たちも当然、現代劇の現場でも活躍しているのである。スタッフクレジットを眺めるのが最大の楽しみみたいなアチシにとって、「あっ、このキャメラマンがこんなところでも!」なんて発見をしたりするのは、無上の喜びなのだ。
てなワケで時代劇スタッフ人別帳ともまんざら無関係でもないサイドワーク、これからもちょいちょい手を入れていく所存。
とか何とか言いつつ最近はもっぱら東映チャンネルにて『非情のライセンス』チェックで忙しいアチシ。毎回えせハードボイルド街道を突き進んでいく兇悪の会田刑事@天知茂センセイから目が離せずこちらの眉間にもシワが寄ってくるような日々を送っている。先日放送の#6「兇悪の目」はゲストに小池朝雄を迎え、ベトナム戦争をテーマに重厚すぎる物語を叩きつけられ、しばし放心状態になった。お、恐るべし70年代刑事ドラマ……。
絶対に欠かさず録画・保存するから、第3シリーズまで余さず放送してくれよォ。
と思っていたら、ナーンジャコリャ。
非情のライセンス 第1シリーズ コレクターズDVD VOL.1 <デジタルリマスター版> [ 天知茂 ]
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非情のライセンス 第1シリーズ コレクターズDVD VOL.2 <デジタルリマスター版> [ 天知茂 ]
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4月(VOL.1)・5月(VOL.2)にDVD-BOX発売ですってよ。
なんか最近、このパターン多いんでないかい。お宝作品が東映チャンネルで放送されるとほぼ同時に、ベストフィールドからソフトが出るっての。『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』とか劇場版『風小僧』とか『ザ・ボディガード』『ターゲットメン』『ゴールドアイ』など、軒並みこのパターンである。一体どういうご事情がおありなのか知ら。
東映チャンネル以外でも、ホームドラマチャンネルでやった『コードナンバー108 7人のリブ』や日本映画専門チャンネル『森繁対談』もご同様だったんじゃないか。ベストフィールド、何者ぞや?
それはさておき、時代劇のほうで最近よく観ているのは日テレ里見浩太朗アワーとも言えた火曜20時台の一連作品、その最終作である『闇を斬る 大江戸犯科帳』だッ!
多くの時代劇ファンを敵に廻すこと覚悟でアチシは里見浩太朗嫌いを広言して憚らない。なんとも偽善的な雰囲気で説教垂れて、いつも配下を顎で使って自分は動かない里見ヒーロー、ほんっと好きじゃない。コキ使われる配下ってのは『長七郎江戸日記』が長かったせいか火野正平というイメージが強いが、単発スペシャルの『寛永風雲録』でも里見知恵伊豆はやっぱり密偵の火野正平を顎で使っていたっけ。
で、この『闇を斬る』でもやっっぱり里見ヒーローは密偵の火野正平を顎で使っているいつも通りの……と思いきや、なかなかどうして、長七郎だの右近だのと葵の権威を嵩に着たいやったらしいそれまでの主人公像とは違って、里見浩太朗らしからぬ横紙破り。自称“闇奉行”の一色由良之助は、乗り込んだ悪人邸で「闇奉行の俺に証拠なんざいらねえんだ!」とステキな名台詞をのたまい、ツベコベぬかそうとする悪玉を斬り捨てる。いやはや里見時代劇の中じゃいちばん見ていられる作品ではないかコレ。なにしろ証拠があるときでも破り捨てて前述の決め台詞に持っていくくらいの横暴ぶりである。アチシはどこかここにかつて萬屋錦之介がやっていた破れシリーズの匂いを感じて、楽しんでいる。
もっとも里見浩太朗はその後『水戸黄門』でご老公に出世、またしても葵の権威を嵩に着た実にいやったらしいヒーローを嬉々として演じることになるのだけど。
話があちこち飛ぶが、アチシの敬愛する脚本家で里見アワー作品でも健筆を振るっていた和久田正明氏の新作時代小説がまた出ているのでちらっと紹介しておく。小学館文庫より『提灯奉行』。
提灯奉行 (小学館文庫) [ 和久田 正明 ]
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将軍・家斉の御台所である寔子が襲撃され、その危機を救った提灯奉行・白野弁蔵。目付から影扶持を与えられ密命を受けている武骨な初老御家人のかれは、こともあろうに将軍家正室に慕情を抱き、そしてまた助けられた寔子のほうでも白野に異性として惹かれる。
和久田脚本では『また又 三匹が斬る!』に「男売ります、悲しき提灯奉行」なんてのがあったなァ、と思い出されるが、あちらの赤塚真人と違って本作の主人公・白野弁蔵は腕の立つ硬骨漢。名は『シラノ・ド・ベルジュラック』(をもじった白野弁十郎って翻案モノもあったっけ)をモチーフにしているのであろうか、しかしシラノとロクサーヌの場合と違い白野・寔子は相思相愛、けれども絶対に叶わぬ恋なのは言うまでもない。
ありえないシチュエーションながら人妻(それも時の将軍の!)と小禄の役人が想い合う展開を軸に、影の集団による陰謀を粉砕する物語は、ちょいとトキメキながらページを繰らせる引力がありますぞえ。
脚本家時代から、和久田氏はキャラの魅力を光らせるのが巧い人である、ってェのがアチシの持論だ。