ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
「チャンバラ狂時代」のブログ。時代劇のこと、その他映画・テレビドラマやら俳優のことなど。
徒然なるままに、時々思いだしたように更新しています。

トリッセンエンタープライズ制作って?

 先日『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』(なんとびっくり製作はC・A・Lじゃないか!)という映画を観て、物凄くムカッ腹が立った。三船敏郎のドキュメンタリーとは嬉しいじゃないか、と期待タップリだったぶん幻滅が尋常でない。

 なんのことはないミフネの旦那をダシにして、手垢のついた「クロサワ監督凄いね」の話を繰り返しているだけの映画ではないか。

黒澤明監督作品の主演スター”としてしかミフネを論じない風潮にはウンザリなのだが、その悪弊は一向に衰えることを知らない。観終わったあとのアチシの顔はプロダクション社長時代のミフネばりに苦虫を噛み潰したようなしかめっ面であった。

 律儀すぎる人柄ゆえに、ひとたび創設してしまった三船プロダクションという大所帯を維持するべく(おそらくは)意にそまなかったであろうテレビ仕事をセッセとこなし、家庭内にもゴタゴタを抱え、悲惨な晩年を迎えたミフネ。その実像を知るのには、ぜひ松田美智子・著『サムライ 評伝三船敏郎(文藝春秋)を一読して欲しい。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

サムライ 評伝三船敏郎 (文春文庫) [ 松田美智子 ]
価格:820円(税込、送料無料) (2018/9/14時点)

楽天で購入

 

 ところで三船プロダクションに関して、ずっと疑問に思っていたことがあった。

 三船プロの2時間ドラマで制作クレジットが「トリッセンエンタープライズ」になっているものがあり、こりゃ一体どういうことかのう、と気になって仕方がなかったのだ。

 

火曜サスペンス劇場(日本テレビ)『10万分の1の偶然』(1981年12月29日)

ザ・サスペンス(TBS)『殺人刑事が愛した女』(1982年6月12日)

 

 今のところ確認できているのはこの2本。トリッセンエンタープライズというのはおそらくトリッセン・スタジオの別称とみてよさそうで、他にも「装置・トリッセンエンタープライズ」などとなっている作品は散見できる。

 どうして「制作:三船プロダクション」とクレジットされずトリッセンエンタープライズ扱いになっているのか……と気になって気になって仕方なかったのだが、今日の食後、酒をくらい煙草をふかしている最中にフトひらめいた(それほど日常ずっと映画やドラマのことばかり考えておるのじゃ)。

 ヒントになったのは鯖世傘晴サンのブログ「Theブログ☆穴あきおたまでグッドイーブニン」(http://sabajanee.darumasangakoronda.com/)。熱心な東映フリークである鯖世サンは“東映裏被り”をリストアップしておられ、同時に制作クレジットの表記分けなんかにも考察を加えていらっしゃる。

 これだ! 裏被りだァ!!

 当時大江戸捜査網と裏被りしていた土曜ワイド劇場で放送された『吉展ちゃん事件 戦後最大の誘拐』は、三船プロが実質制作していながら協力クレジットも表示されなかった……と思うと、他の「トリッセンエンタープライズ」表記の作品も裏を確認すると説明がつく。

『10万分の1の偶然』の1981年12月29日・火曜夜9時台。裏はテレビ朝日系で『文吾捕物帖』だッ!

『殺人刑事が愛した女』の1982年6月12日・土曜夜9時台。言わずと知れた土ワイの裏で、これはもうテレビ東京系で隠密同心たちが大活躍している時間帯ですわいナ。これなら土ワイもトリッセン扱いでばんばん参加させてくれりゃよかったのに……とは言うても詮なき恨み言。

 

 ついでにもう一つ、1982年12月7日の火サス『交通事故死亡1名』(クレジットは三船プロダクション扱い)もフジテレビ系夜10時台『暁に斬る!』とバッチリ被っているのだが、こちらはヴァンフィル制作・三船プロダクション制作協力の形ゆえか表記を分けることなく堂々と裏でぶつかり合っている。いいのか?

 なんにせよ長年(?)の疑問がこれで氷塊した気がして随分と晴れ晴れした。

 ミフネの……と見せかけてクロサワのドキュメンタリーだった映画でくすぶっていた憂さも幾らか霧消したというものである。

 

 ちなみに『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』だが、見どころも一つあった。それはデビュー間もないミフネがアメ横の放出毛布を下宿でチクチク縫って作ったというコート&ズボン。

 下宿の隣室を世話してやったという岡本喜八監督により語られているエピソードだったが、初めて実物を見ることができた。なんとまァ丁寧に誂えてあることか! 改めてミフネの几帳面な人柄が思い知らされた。

HP更新のこと、東映太秦映像のこと、編集技師のこと

 このところ、割とコンスタントにホームページ(チャンバラ狂時代)更新ができている。

 手元に紙媒体で資料が溜まりまくっている年別放送リストも、やっとこさ1989年分がまとまったので載せるまでにこぎつけた。

 その他、松方弘樹の『名奉行遠山の金さん(4)』は時代劇専門チャンネルの放送によってスペシャル版まで全て録画完了したのでサブタイトルリストをどどーんと追加。『水戸黄門(17) 』に2時間ドラマ京都殺人街道シリーズなんかもアップ。自己満足に浸るにはデータ量が少なすぎてアレなのだが……。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

【送料無料】水戸黄門 DVD-BOX 第十七部 【DVD】
価格:24255円(税込、送料無料) (2018/6/20時点)


 

 ほとんどビョーキと言ってもいいアチシのクレジット採取の道楽、日々スタッフロールまでシコシコと書き写し、見る名前見る名前みんなお馴染みさんのような感覚になってくる。「ああ○○さん、こんなところでもお仕事ですかァ」ってなモンである。

 特に所帯が小さめの京都映画制作作品なんかは、大体いつも同じような顔ぶれ。『必殺』に関わっている人たちが他の時代劇や2時間ドラマでも職人技を発揮しているのが見受けられる。

 そこへいくと流石に東映なんかはスタッフ陣も数が多く、おまけにかつては「京都撮影所」本体に加え「京都テレビプロ」「東映太秦映像(京都制作所から改称)」と三つの系列でそれぞれ稼働していたから、各社でスタッフの顔ぶれもちょっとずつ違ったりしていたものである。使っているセットやスタジオは同じなのだけどネ。

 テレビプロは平成初頭に解散、太秦映像も気がつけば一昨年であったか消滅しており(井上泰治監督の映画『すもも』が協力会社として太秦映像の名を連ねた最後であった)、NHKのBS時代劇で大岡越前の新作が作られてももうそこに太秦映像の名はないというこの物哀しさ……。

 

 TBSナショナル劇場では水戸黄門』『大岡越前をはじめ江戸を斬る』『翔んでる! 平賀源内』など逸見稔プロデューサー独裁体制みたいな一連の作品群を、そして日テレでも長七郎江戸日記に始まる里見浩太朗アワーと言える火曜8時枠の時代劇を請け負っていたのが東映太秦映像。

 スタッフ顔ぶれはキャメラマン萩屋信、原田裕平、片山顕、小林善和、長谷川光徳ら。照明技師には伊勢晴夫、真城喩、武邦男、井上義一、面屋竜憲、大谷康郎……録音は渡部芳武、神戸孝憲、草川石文、木村均、中川清……本当にいつも書き写しているおかげで、会ったこともないのにまるで古い付き合いの知人のような感覚になってしまう。

 もちろん東映太秦映像に所属とかいった形ではなく、フリーの契約者であったりとか関わり方は様々だろうが、ほぼ固定のように出てくる名前なので、否応なしに「太秦映像の人!」とイメージがついてしまう。

 これらの方々の功績を刻んでおきたいと無謀にも立ち上げたページが時代劇スタッフ人別帳なのだが、ちっとも仕事が進んでいないのが実状……情報がちーとも手に入らないもので。奇特なお方がいらっしゃったら何か手づるをチョーダイ、と乞うて回りたいのが本音である。

 

 ところで太秦映像の作品、黄門の例を挙げる間でもなくマンネリ路線の代表格みたいなものがずらり並ぶのだが、ちょっと観始めるとついつい引きずられて最後まで観ちまう……なんてことが多い気がする。

 ナショ劇にしろ長七郎にしろ、亡くなるまでずっと編集を担当していたのは河合勝巳氏。本で言えばリーダビリティ(読み易さ)、映像の場合は何と呼ばれるのか知らないのだが、とにかく観るに快適な繋ぎのテクニックが素晴らしいと思えてならない。

 昭和三十年代の黄金期東映チャンバラ映画でテンポのいい神技的編集テクニックを駆使していた宮本信太郎氏に師事して身につけた職人技だろうか。

 編集に関してはアチシが敬愛してやまない三船プロ阿良木佳弘氏と並べ、「西の河合、東の阿良木」なんて勝手に呼んだりしている。

 

 そういえば火サスの『女検事 霞夕子』シリーズやら何やらで編集関係に「阿良木プロモーション」なる名を見かけたが、これはやっぱり三船プロが駄目になってから阿良木佳弘氏が独立して会社を立ち上げたとか、そういうことなのであろうか……。

 ああー、気になることが多すぎて落ち着かない落ち着かない落ち着かないよう。

 でもまァ落ち着いちゃったら人間お終いでしょ、などと考えているアチシだ。常に課題山積みで安穏としていられない状況に身を置いていればいいか、と開き直って眠れぬ夜を過ごすのである。

テレビで右太衛門御大の旗本退屈男!

 今月から、東映チャンネルにてテレビ版旗本退屈男(1973-74)が放送されている。北大路欣也のじゃなくって市川右太衛門ヴァージョンである。高橋英樹・主演『編笠十兵衛』が終わって次は十手無用 九丁堀事件帳』でもやってくれんかなァと思っていたら、まさかの早乙女主水之介。いずれにせよ観たかった作品なので、東映チャンネル様様には感謝しきりである。

 御年66歳の右太衛門御大がテレビで退屈男を……って、当時の視聴者はどう受け止めたんであろうか。アウトロー時代劇全盛とも言える時期に、随分とアナクロな企画だったのではないか。当時どんな作品があったのかは、我がホームページに

〈1973年放送の時代劇 〉

 ↑という放送リストのページがあるので参照されたい。

 しかも驚くまいことか、東映制作ではあるものの京都でなく東京撮り。スタッフも『特別機動捜査隊』で見るような面々で固められている。監督こそ佐々木康ら馴染みある布陣で、殺陣師も足立伶二郎が呼ばれているが、右太衛門御大、ホームグラウンドの京都撮影所と違ってやりにくかったのではあるまいか。

 高橋英樹が主水之介を演じた70年版は東宝作品、80年代に平幹二朗がやった時代劇スペシャル版も制作は映像京都だったので、東映京都に旗本退屈男が帰ってくるのは1988年より単発シリーズ化された北大路欣也版からということになる。

 

 白粉お化けみたいなメイクをした右太衛門御大が、相変わらずの調子で「天下御免の向こう傷……」と大仰な台詞廻しを披露するこの73年版退屈男、往年の映画を楽しんでいたファンたちからしても時代錯誤に写ったのではないか……ってな気がするが、何と言おうか、これはもはや「芸」なのだろう。演技とかいう言葉ではくくれない領域のもので、御大にしか表現し得ない十八番なんだなァと再認識させられる。周りは通常のドラマ演技をしているから、御大が浮きまくりなのは致し方ない。唯一「芸」に近い味わいを出す品川隆二が付いていけている程度だろうか。

 このスケールから比較すると、やはり「演技」で主水之介を作っているジュニア北大路版などは、霞んで見えてしまうのである。

 小ぢんまりしたテレビ画面で流すには異質としか言いようのない右太衛門退屈男。こんなテレビ作品もあったのだなァと思い知らされる貴重な視聴体験である。

 

 この番組を観るにあたって是非とも注目してもらいたい部分は、牧野由多可担当によるテーマ曲。

 筝(そう)を使っているのだろうか、楽器に詳しくないアチシは曖昧なことしか言えないのだが、ビブラートの効かせっぷりが実に小気味よく、陶酔してしまう絶品メロディー。『お耳役秘帳』『日本名作怪談劇場』でも冴え渡っていた和楽器名手の刻む旋律を楽しむべし!

無宿人御子神の丈吉 川風に過去は流れた

 あれーッ、岐阜・柳ケ瀬のロイヤル劇場(http://www.tochiko.co.jp/royal.html)で原田芳雄・主演『無宿人御子神の丈吉 川風に過去は流れた』(1972)なんてェのやってるじゃない!

 ってんでイソイソと鑑賞に駆けつけたアチシでありました。

 さすがにお蔵入り映画である中村敦夫・主演夕映えに明日は消えた』(1973)みたいなレアものは難しいであろうが、充分お宝といえる作品(海外版しかDVDが出ていない……)を大画面で観られるとあってマニアは居ても立ってもいられなくなるのであった。

 

 入場料500円の入れ替えなし。ええ観ましたとも、二回半みっちりと。一回目の終盤と二回目の中盤をウトウト夢見心地で、あとから観直しつつじっくりという贅沢極まる鑑賞法。ロイヤル劇場様様に感謝するしかないというもの。それでノート片手にクレジットタイトル凝視・データ採取も怠らないというこれでもかのマニア根性。どうだ日本映画データベースでも確保できていない完全データがここにあるぞう。

無宿人御子神の丈吉 -チャンバラ狂時代

 

 大手データベースサイトへの対抗意識丸出しになっている吉外@サイト主の性根はともかく、映画はどうだったのかというと……。

 いやはや、実にその、何と申しましょう、ヘンなものを観たと言おうか。

 

 冒頭(アヴァンタイトル)は前作『牙は引き裂いた』のダイジェストか、足を洗って堅気暮らしに落ち着いていた御子神の丈吉(原田芳雄)が指を潰され妻子を殺され、再び無宿人として復讐の旅に生きるまでの経緯が足早に鈴木瑞穂のナレーションで語られる。

 このシークエンスだけでも悪玉の親分・南原宏治やその代貸伊達三郎、そして汚された末の血塗れたおっぱいポロリした死体の北林早苗などお腹いっぱいの感があるのだが、威勢のいい渡辺岳夫サウンドに乗った丈吉の物語は容赦なく突き進んでいく。

 同じくダイジェスト部分にも登場し何の説明もないもののオイシイ役どころであることだけは判るアイパッチの渡世人・疾風の伊三郎はテレビ木枯し紋次郎でブレイク中の中村敦夫俳優座脱退のお仲間である「番衆プロ」勢揃いの感もある配役がまた本作の見どころか。負傷した仲間を連れて歩くところ、丈吉にぶつかって因縁つけるも返り討ちで半殺しの目に遭うチンピラは紋次郎スタンドインも務めた阿藤海

 続いて舟上で女(片乳ポロリの相川圭子)に絡むはこれまた紋次郎スタンドイン経験者・大林丈史大映残党・木村元。あっという間に海ポチャの大林丈史はさておき、綺麗な海を血糊で染めながら出色のみっともない死に様を見せる木村元から仇敵のひとり・開雲の長五郎(井上昭文)の居所を聞き出す丈吉。関八州の親分衆が集う潮来・初代榎松五郎三回忌の花会へ殴り込んで嬲り殺し寸前のところを“雷の貸元”こと韮崎重三郎(内田朝雄)の一声で命だけは助かる仕儀に。

 これがため渡世人の世界で身の置きどころがなくなった丈吉は、流れ流れた末、くだんの花会にも居合わせた矢代の梅蔵(内藤武敏)の計らいで、雷親分の家出娘・お雪(中野良子)護衛という役目を任されて一路韮崎へ……。 

 大親分の娘ということで周囲からやたらと畏怖されることに反発しているジャジャ馬娘(ハマりすぎるほどハマり役だぞ、中野良子。しかも海辺でお握りパクつき指に米粒くっつけてるあどけなさも絶妙)に振り回されるロードムービー……かと思いきや、そうはいかない原田芳雄主演映画。振り回しているのはむしろ丈吉のほうで、もうひとりの仇敵・国定忠治(峰岸隆之介)がお縄になったとか唐丸破りしたとかいうニュースに過敏な反応を示す復讐鬼・丈吉は手前勝手にお雪さんを引きずり回し、挙句に慰まれたうえ命を落とすという悲惨な結末を与えてくれる。

 このときの敵役は前作からの因縁らしく丈吉をつけ狙う巳之吉(菅貫太郎・やっぱり中村敦夫ファミリーのひとりである)。お雪さんの死は巳之吉の投げドスを丈吉が払いのけたのがぶっすりというトバッチリもいいとこな可哀想なもので、もはやこのあたりになってくると物語の必然性がどうとかいう脚本の根本すらどうでもよくなってくるフィーリング映画と言えよう。

 やはり特に必然性もなくきっちり落とし前つけるような殊勝面した丈吉が雷親分のもとへ遺髪を届けに来ると(このときの韮崎一家代貸入川保則っぽいけどクレジットに名前がないなァ)、これまた必然性もなく寛大さを見せて雷親分は仇敵ふたりの居所を示唆。内田朝雄のこんなオイシイ役はもしかしたら松方弘樹・主演『刑務所破り』(69年大映)以来なんじゃないか……ってのも本作の(無理矢理に探し出す)見どころかもしれない。

 お雪さんが無事であろうとなかろうと、目的はその仇敵情報だったのであろう丈吉、教えられたとおり松戸の宿へ訪れ、実に友情出演という以外に何の必然性もないのに味がある芝居する飯盛女の市原悦子と邂逅。土地の親分・助三郎(安部徹)と対立勢力・流山の吾助(加藤嘉)の抗争に助っ人することになり……ああもう物語の筋なんてあってなきが如しだ。とにかく敵のひとりである長五郎を叩っ斬ってオシマイなのである。

 

 1972年の東京映画製作・東宝配給。原作は笹沢左保子連れ狼』『影狩り』など劇画映像化全盛の頃とあって(劇画原作でないにも関わらず)過剰な残虐アクション満載の本作、まともな筋やら人間ドラマなどを見出そうとするのが無理というもので、全編これ復讐しか頭にない丈吉・原田芳雄のキャラクタァに引きずられっぱなしのトリップ感を味わうのが正しい楽しみ方かもしれない。その意味では梶芽衣子・主演修羅雪姫に近いものがあるか。

 名悪役・安部徹が適度に悪そうな親分役をやっているにも関わらず、この助三郎親分は叩っ斬られることもなく、井上昭文の死に様を見て呆然、スゴスゴと子分を引き連れて立ち去っていく。これを見ても明らかなように、復讐に燃える御子神の丈吉の凄味に触れて第三者はただポカーンとするしかないのだ。それ以上、深く考えても詮ないことなのだ。

 スター映画が成立しなくなっていった時期と重なる1972年時点。かくまで「原田芳雄」個人のパーソナリティで押し通してしまおうという映画があったのか、と感慨を新たにさせる作品。『無宿人御子神の丈吉』シリーズを無理に評価しようとすると、落ち着くのはそんなところなのだろうか。

 

*一作目で如来堂の九兵衛(南原宏治)、二作目で開雲の長五郎(井上昭文)、そして三作目で国定忠治(峰岸隆之介)と仇敵を討ち果たしていくシリーズかと思ったら、そうでもないみたいネ……ネット上のレビューを見て知ったのだが、ますます呆然……。何とワケの判らん映画なんだ!

三船プロがテレビ時代劇に与えた影響

 ホームページ更新、どどんと単発ドラマを増量中。いずれも三船プロ作品。

球形の荒野(1981)

描かれた女(1985)

鼠小僧次郎吉 必殺の白刃(1983)

密偵(1983)

 ちょっと三船プロ関連のデータを強化していかねばナ。ずっと思っていることなのだが、思っているだけじゃ仕様がない。

 

 日本において映画産業が翳りを見せてきた60年代、東宝スターである三船敏郎自らが、思い通りの映画作りをするべく立ち上げたのが三船プロダクションだ。

 大作時代劇を続々と放ち、当初は目的に違わぬ気焔を吐いたものの、やはり時代の趨勢なのか興行成績は伸び悩み、1970年待ち伏せ大コケが決定打となって映画製作からテレビドラマに軸足を移していった。“本編主義”の映画人たちからすれば、それは「身を堕とした」ような格好だったかもしれないが、それでも自前の会社で、スタッフを抱えオープンセットも構え作品づくりに取り組めた三船プロの仕事は、顧みて評価すべきだろう。

 

 とりわけ気になっているのが、もしかするとテレビ時代劇というジャンルに於いて、その形式と言おうか、ひとつのスタイルが構築されていった過程に、もしかすると三船プロは大きな役割を担っていたのではないか、という点だ。

 悪く言えばマンネリズム、良く言えば様式美なのか? 決まりきった型があって、定番のお約束ごとに視聴者は「待ってました」とばかり喝采する。

 同じ曜日の同じ時間に巡ってくるテレビ番組の性質上、当然の流れとして形成されていくスタイルなのであろうが、回数を重ねるうち「お約束」が固まっていった水戸黄門などに対し、三船プロ作品ではあらかじめ戦略的に「お約束」を決めて組み込んでいた気がしてならない。

 最たるものは大江戸捜査網の出陣シーンで流れる“隠密同心心得之條”やラス立ち時の名乗りだろう。このスタイルは、制作母体が日活から三船プロに移ってから出来上がった。

 そして同系統の三船プロ時代劇、例えば隠し目付参上、例えば江戸の牙……番組開始から決め台詞は定められており、毎回必ず盛り込まれている。

 やっぱりこれは、三船プロ作品の大きな特徴と言えるだろう。

 時代劇王国・東映桃太郎侍にしたって暴れん坊将軍にしたって、数え歌やら「余の顔を見忘れたか」やら定形スタイルが出来上がるまでには幾ばくかの時間を要したものである。

 やがて長七郎江戸日記など最初からカッチリ決め台詞が定まったものも他社に増えていき、いつしか「そうでなくてはならない」かの如くテレビ時代劇全体が染まっていってしまうのだが、三船プロ制作作品はこの経過の中で先駆者として大きな影響を与えてきたと言えなくはないか。

 

 偉そうなことをぬかすにはもっと体系的にジャンル全体を俯瞰しなくてはならないのだろうが、ひとまず現時点で提起できるのはここまで。

 言うなれば三船プロの功罪”だろうか。

 三船プロ贔屓だからとて賞賛ばかり並べるつもりは毛頭ないのである。

 金太郎飴みたくどこを切っても同じようなツマラナイ世界にテレビ時代劇を染め上げていった牽引者の役をも、もしかすると三船プロは担っていたかもしれないのだ。

おくやみ──木下忠司・井上堯之

 新聞の訃報記事から。
 作曲家の木下忠司氏、死去。
 なんと!
 いわずと知れた木下恵介監督の実弟、数々の映画やテレビの音楽を作った巨匠だ。
 4月30日、老衰で。102歳とのことである。
 失礼ながら、もう既に鬼籍に入られていたかと思っていた人物だったため、二段階の驚きだった。即ち「エッ、まだ存命だったの」「ああっ、亡くなったのか」というステップを踏んだびっくり。
 案の定、見出しは〈水戸黄門主題歌〉で、記事先頭に挙げられるのは『喜びも悲しみも幾歳月』と『水戸黄門』……やっぱりそのあたりが代表作なんであろうか。
 兄・木下恵介監督作品はもとより、その他映画やテレビドラマ劇伴にだって名作は多い。
 テレビ時代劇に限ってざっと担当作品を挙げてみると……

水戸黄門
破れ傘刀舟悪人狩り
『破れ新九郎』
桃太郎侍
鬼平犯科帳(萬屋錦之介版)
柳生新陰流
長谷川伸シリーズ』
一心太助(杉良太郎版)
単発作品に『それからの武蔵』『宿命剣 鬼走り』東芝日曜劇場中の時代劇作品など多数。

 などであろうか。
水戸黄門』に関しては、メインテーマや主たる劇伴はずっと使われてきたが、後年になって別作曲家の作と思われる劇伴が付け足されていったような気がする。長年にわたってオープニングを飾りつづけたあのマーチ調「あゝ人生に涙あり」のイントロは氏の作品中最も多くの人の耳に残っているのではないか。


 

 しかし個人的に最高傑作として推したいのは、その「あゝ人生に涙あり」イントロの裏返しともいうべき旋律が刻まれている破れ傘刀舟悪人狩り』メインテーマ。とりわけ三船プロダクション作品お馴染み夕陽が大写しとなったバックに達筆・田村繁清の書き文字クレジット、そしてこの木下サウンドが重なるエンディングは、刀舟先生の物語を締めくくるには完璧としか言いようのないひとつの形を成していた。

 そう、夕陽といえば特捜最前線もまた氏の仕事であった。フォントこそ味気ない活字明朝体のクレジットではあるものの、毎度やるせない苦味の濃い物語を締めくくる「私だけの十字架」のメロディー。これもまた名作だ。
 よく間違えてる人が多いのだがクロード・チアリじゃない。ファウスト・チリアーノが歌って木下忠司が作曲しているのである! チアリの曲が使われてんのは『京都殺人案内』だァ!!

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

(オリジナル・サウンドトラック)/特捜最前線 MUSIC FILE 【CD】
価格:2044円(税込、送料別) (2018/5/8時点)


 


 刑事ドラマ繋がりの訃報が並んでしまうのは悲しいが、5月2日、井上堯之氏も死去! 敗血症。77歳とのこと。『特捜最前線太陽にほえろ!という二大刑事ドラマの音楽に関係する二人の逝去を伝えるニュースが並ぼうとは……。
 ひたすら、冥福を祈るよりない。
 合掌。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

刑事魂〜刑事ドラマソング・ベスト 【CD】
価格:2366円(税込、送料別) (2018/5/8時点)


 

5月・6月 時専の予定から

 時代劇専門チャンネルの今月、来月予定から目玉をピックアップ……。何も宣伝役を買って出なくてもいいのだが。ゼニ貰える訳でもないのに。ゼニ貰える訳でもないのに!(←ここ過剰に強調しまっせ)
 何年も契約続けていると、延々同じのばっかりリピートしているなァという印象を強く抱いてしまうものだが、ごくわずかに目新しいものが紛れ込んでいるので中々切れないのである。

 

 まずは今月の作品。
 既に放送された名奉行遠山の金さん(3)』#18スペシャル「美女の陰謀! 関八州あばれ旅」は既に鑑賞、データ採取。ホームページにいち早く反映済み。

→名奉行遠山の金さん(3) -チャンバラ狂時代

 テレ朝(元・NET)&東映の金さんシリーズ完全放送という看板に偽りなし、松方金さんのスペシャルも続々とやってくれているので有難い。
 この後のスペシャル版は、本放送時には第4シリーズを挟む格好で単発扱いだった「江戸城転覆! 女忍者の復讐」「江戸城転覆! 覗かれた赤毛の女」の二本。通常の再放送では第4シリーズに入るや何の説明もなくお竜(斉藤慶子)&轟沢庵(石立鉄男)が密偵として幅を効かせていて戸惑うのだが、その登場編となるのが前者なのですナ。後者は来月のお楽しみ。

 

 “没後200年 伊能忠敬”と銘打って単発ドラマと映画作品を特集放映。橋爪功のテレビ『四千万歩の男』は何度もやっているが加藤剛の映画『子午線の夢』はレアである。丹波哲郎ワークスのひとつとしても観ておかねばならない。
 四千万歩に限らず単発モノは、フジの時代劇スペシャルにしてもヘヴィーローテーションが多い時専。そんな中で「これは!」という珍しいラインナップは……

 

 東芝日曜劇場より『惜春』(1966)『みずぐるま』(1967)『男を金にする女』(1990)
 むむ、大原麗子の『男を~』って我がサイトの1990年放送の時代劇でノーマークではないか。
 一時間モノの単発ドラマ、大路恵美・主演『夜鷹百両』(1994)
  げげっ、これも1994年放送の時代劇まとめの際に見落としておる! これは時専ホームページを見ると山本みどりの色っぽい姿が見られそうで垂涎の一品。
 映画のみとり侍公開記念特集の一環では、森繁久彌田沼意次を演じた栄花物語(1983)……キャストを一見してナショ劇系統・逸見稔ファミリーの作品と知れる。
 そしてこれは1991年放送の時代劇ページを作っているときに知った『吉原悲恋 忍びの女』(1991)。こりゃなかなかお目にかかれないマイナーどころが来たもんだ。

 

 なかなかお目にかかれなかった待望の一本が、来月(6月)に放送される松方弘樹『素浪人花山大吉』(1995)! 田原俊彦・主演『必殺始末人』シリーズに絡め、トシちゃんが焼津の半次で出演している『大吉』もおまけで付けてくれたような形だが、どういたしましてこっちのほうがメインディッシュでござんす。
 高橋英樹・主演『金山大爆破』(1992)もやりそうでなかなかやらなかった一本。何故かアチシの中では1983年のフジ時代劇スペシャ西海道談綺』とごっちゃになっているのだが、これでやっと録画保存できるからモヤモヤがすっきりしそうである。

 

 CS局の恩恵で、加入するまでは全然といっていいほど観ることの叶わなかった90年代単発時代劇の数々が、手元にジャンジャン入ってくるようになった。アチシの立場としちゃこれをせっせとデータ採録、ホームページに載せていかにゃーならんのであるが、現状さっぱり出来ておらんのですネこれが。
 先日、ホームページの資料庫にある作品データの数をちょこっと計数してみた。
 5/2段階で317本(現代劇除く)。
 えっ、これだけしかなかったの、と自分でびっくり。
 そげなもん数えてる暇があったら載せるほうに力入れんしゃい。と言ってるもう一人のアチシがいる。
 手元に溜めている筆記データはおそらくその数倍あるのだ。そして採録できていない映像の山は何十倍、いや下手すると百倍以上……。
 生きているうちに目を通しきれないってことは間違いないけれど、やり始めちまったからには本当にチマチマとでしかなくともやり続けていかねば。誰に求められるでもなく進みゆく途方もない道のり。
 でもこんなのって、誰かに求められたらやる気になれないんじゃないか、とも思う。