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「チャンバラ狂時代」のブログ。時代劇のこと、その他映画・テレビドラマやら俳優のことなど。
徒然なるままに、時々思いだしたように更新しています。

男涙の破門状/戦後最大の賭場

 一日一本任侠映画を観ようとか無謀な野望を抱いたって、なかなかできるもんじゃない。しかしコンスタントに観続と思ってりゃ、それなりにDVD消化作戦は進んでいく。
 とにかく任侠映画は、石を投げれば村尾昭に当たるってくらいこの人の脚本が多い。今回観た二本は偶然ながら村尾昭山下耕作のコンビ作品だが、毛色はまるで違っていて面白い。

『男涙の破門状』(1967年/東映京都)
脚本:村尾昭
監督:山下耕作
出演:鶴田浩二待田京介大木実嵐寛寿郎、天津敏、桜町弘子、橘ますみ、村井国夫遠藤辰雄、石山健二郎

 おつとめ中の兄貴分・菊石直治(鶴田浩二)に義理立てし、組の金を持ち逃げした伊之助(村井国夫)を庇って口をつぐんだ向坂銀三(待田京介)は破門される。
 直治が出所したときには、銀三は決着をつけるべく伊之助を追って九州へ向かった後だった。銀三のあとを慕って親分(嵐寛寿郎)の一人娘・おふみ(橘ますみ)も出奔。これを連れ戻す役を買って出た直治の本心は、銀三の真意を確かめることにあった。

 九州で草鞋を脱いだ岡崎一家(親分に石山健二郎)はお約束どおりアコギな敵対勢力・財前組(親分は天津敏)に利権を狙われており、しかも財前組には伊之助が客分として抱えられている構図。
 兄貴分が大事にしている人物だからと思って断固言い訳をせず破門を受け入れる待田京介に、仇敵として鶴田浩二との対決を望みながら切羽詰まった事情を汲んで延ばし延ばしにする大木実など、浪花節的な美学をこれでもかと匂わせる面々に取り巻かれて、主役の鶴田浩二も二言目には「男」の語を振り回す。
 全盛からマンネリ気味に移っている時期に撮られている作品でもあり、任侠映画の一番よろしくない部分が表れた一本かもしれない。男伊達の押し売りじみた部分と言おうか……。
 個人的に、関西弁を喋る役のとき鶴田浩二が発する台詞として、最も魅力的に響く語句は「アホンダラ!」という一言だと思っているのだが、本作ではその一言もどことなく上滑りして響かない印象。

 こうした惰性的になった任侠映画に一石を投じたのが、かの『博奕打ち 総長賭博』(1968年)と捉えられる。脚本を書いた笠原和夫は、著書の中で「分かり合える」のが当然のような侠客同士のやりとりに違和感を抱き、そのアンチテーゼとでも言える「分かり合えな」さから起こる崩壊の劇を作った、というようなことを語っていた。

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 そんな作品の前と後では、他の作家が書く物語もまた影響されて変化するものだろうか。王道パターンの中心核といえる村尾昭の脚本作品でも、がらりと趣きが違うのである。

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『戦後最大の賭場』(1969年/東映京都)
脚本:村尾昭
監督:山下耕作
出演:鶴田浩二高倉健小山明子、安部徹、山本麟一、金子信雄、八代万智子、名和宏、清水元、志摩靖彦、沼田曜一

 舞台は昭和37年の大阪。全国の暴力団が右翼大物の声がかりによって大同団結した「大日本同志会」の関西支部理事・流山組長が急死。その後釜には流山二代目を継いだ本庄周三(高倉健)が妥当とみられたが、本庄を貫禄不足として丸和会会長・岩佐(安部徹)が名乗りをあげる。

 鶴田浩二演じる主人公・五木は、岩佐の子分でありながら本庄とは兄弟分の盃を交わした仲で、おまけに同志会理事長・菊地(金子信雄)の娘婿でもあるという三重の板挟み。これでもかという辛抱立役だ。
 争いたくはないが、立場上、敵味方に分かれざるを得ない二人。鶴田・高倉ツートップの共演作として本作は傑作の部類に入るだろう。
 予定調和に流れるでなく、うまく噛み合わない歯車が悲劇に向かうドラマ性。中でも最もつらい立場に立って死地に突っ込む役どころを与えられているのが山本麟一というのも効果的な配役だ。
 やくざとしての筋を律儀に守り抜こうとしたがために、最も筋の通らない結果を呼んでしまった男が、最後に選んだ決着は、二人の親(親分と義父)を殺すこと。
 ラスト、祝宴の席から廊下に出た鶴田浩二が、鏡に映る自分の血まみれの姿を目にして見せる表情は、『総長賭博』における「俺はただのケチな人殺しだ」の台詞に匹敵するカタストロフィの結晶だ。